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ロックンロール、ロカビリースターを知ろう! 〜カール・パーキンス編〜
カール・パーキンスは1932年4月9日、アメリカのテネシー州ティプトンビルに生まれた。本名はカール・リー・パーキンス(Carl Lee Perkins)。
貧しい農場主の両親のもとに生まれたカールは、アメリカ南部の黒人音楽ゴスペルを聴きながら育った。
カールが7歳の時、初めてのギターを手にする。
しかしそれは到底ギターと呼べるものではなかった。なぜならそのギターはカールの父親の手作りで、煙草の箱とほうきの柄、それにワイヤーを組み合わせた単純なものであった。
本物のギターとは少々違ったが、カール少年はこのギターで音楽を存分に楽しんだ。
カールが13歳の時、地元のタレント・コンテストで、自ら作曲した「Movie Magg」を歌い優勝。
10年後、再び「Movie Magg」によりサン・レコードの創設者サム・フィリップスにサン・レコード専属アーティストとして迎えられることとなる。
1955年後半、ヒットに恵まれず悩んでいたカールは、ついに名曲「ブルー・スエード・シューズ」を完成させる。
この曲のヒントは数々説があり、その一つに「ある日歩いていると、道路でジャガイモが袋から飛び出し転がっていくのを見つけ、それがブルー・スエード・シューズにぶつかって止まった」という説がある。
この「ブルー・スエード・シューズ」は大ヒット。
数々のチャートを総なめにし、サン・レコード初のミリオン・セラーとなる。
苦汁を味わいながらも、ついに栄光を手にしたカール。
しかしながら、絶頂期は長くは続かなかった。
「ブルースエードシューズ」のヒット後、カールは自動車事故により、重傷を負ってしまう。
病床に就いたカールに代わって、同じサン・レコード所属アーティストで友人でもあるエルヴィス・プレスリー(Elvis Presley) が、「ブルースエードシューズ」をカバー。
エルヴィスの最初のヒット曲「ハートブレイク・ホテル」に続く大ヒットを記録する。
カールは成功の道を歩むエルヴィスを、ただブラウン管から見つめることしかできなかった。
エルヴィスのヒットにより、その後カールが歌う曲はチャート・インすることはなく、1958年、カールはコロンビア・レコードに移籍する。
サム・フィリップスがエルヴィスに「ブルースエードシューズ」を歌わせ、カールの人気を奪わせたのが“わざと”であったのかそうでなかったのかは、未だにサン・レコードの謎として語り継がれている。
コロンビア・レコード移籍後、ロックンロール、ロカビリーの悲劇 が起きる。
活躍の場を失ったカールであったが、時代を超えてカールの曲は大活躍することとなる。
1968年、ビートルズがカールの曲「Matchbox」、「Honey Don't」、「Everybody's Trying To Be My
Baby」をカバー。大ヒットを収める。
さらにジョニー・キャッシュが「Daddy Sang Bass」をカバー。カントリー・ミュージック・チャートで一位を獲得した。
「Daddy Sang Bass」はその年、カントリー・ミュージックのソング・オブ・ザ・イヤーに輝く。
ジョニー・キャッシュのヒットを機にカールは彼のツアーバンドとして参加。
数々のテレビ番組にも出演した。
1980年代、ロカビリー・リヴァイバル が起きる。
再びカール・パーキンスは晴れ舞台へと戻ることになる。
1985年、映画のサウンド・トラックとして再び「ブルースエードシューズ」を録音。これには彼をリスペクトするバンドの一つでもある「ストレイキャッツ」が参加した。
翌年、イギリスのロンドンで「Carl Perkins and Friends:A Rockabilly Session」を開催。
ジョージ・ハリスンをはじめエリック・クラプトン、リンゴスターらが参加した。
1986年、カールはメンフィスのサン・スタジオに戻り、ジェリー・リー・ルイス、ジョニー・キャッシュ、ロイ・オービンソンらと共にアルバム「Class of '55」を制作
これにはサンを代表する名曲に加え、カール、エルヴィス・プレスリー、ジョニー・キャッシュ、ジェリー・リー・ルイスらの曲が収録された。
1980年代後半はロカビリーのみならずカントリー界でも精力的に活動。
カントリー・ロカビリー界に大きく貢献、活躍した。
1996年、カールの最後のアルバムとなる「Go Cat Go!」が発売。
1998年1月19日、喉頭がんにより65歳で他界。
苦労の末に生み出した「ブルースエードシューズ」をエルヴィスに奪われる形でスターの座から引き摺り下ろされたカール・パーキンスであったが、エルヴィスら没後も再びロカビリーの世界で大活躍した彼の姿は素晴らしく、ロカビリー界の努力家とも呼べる。
カントリーがベースの、ノリの良いカール・サウンドは今なお数々のアーティスト、ファンを魅了し続けている。
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